先月号に引き続き県外です。
佐賀県立美術館で過去最多の観客動員数を記録したと言われる『池田学展 The Pen ―凝縮の宇宙―』(以下、池田学展)に行ってきました。
展覧会を知ったのは、昨年9月にホテルオークラ福岡で催された『ART FAIR ASIA FUKUOKA 2016(アートフェアアジア福岡2016)』。出展ギャラリーであったMIZUMA ART GALLERY(以下、ミヅマアートギャラリー)のお部屋を訪れた時。まだ公式なフライヤーが出来ていなかったようで、ハガキサイズほどのコピー用紙に≪予兆≫(2008年)がカラー刷りされ、会場や会期だけが印字されたシンプルなDMでした。口コミやSNSで広がった佐賀県立美術館リニューアル記念『吉岡徳仁展ートルネード』(2015年)を見逃したこともあり、今回は必ず行くと決めていました。
吉岡 徳仁 ≪ウォーターブロック≫ 2002年 |
『池田学展』は開催前からものすごく広報に気合が入っていました。まずテレビ。2016年12月29日にBS1で放送されたNHKドキュメンタリー『明日世界が終わるとしても 「ペン1本 まだ見ぬ頂へ」』という番組。その再放送の回数です。特に意識していなかった筆者も3回くらい見たと思います。あとSNSを駆使したマメな情報発信。内覧会の開催日は招待客であろう方のツイートも見つけました。まるで首都圏で開催される展覧会のようでした。
2月初旬には画集「池田学 The Pen」が発売。
そして開催して1ヶ月ほどすると、今度は佐賀県が≪誕生≫(2013-2016年)を購入したことが話題に。
■ 池田学さんの「誕生」 県、1億3200万円で購入へ (佐賀新聞LIVEより)
■ 佐賀県が1.3億円で購入を決めた「絵」の魅力 (東洋経済ONLINEより)
その落札価格が高いのか安いのか、正直筆者には分かりませんが、お金の話は誰にとっても身近なもの。確実に観客動員数が伸びるきっかけになったと思います。
佐賀県立美術館 入口 |
筆者の周りでもしばしば話題に上りました。なかには2度行ったというお友達も。池田さんの生まれ故郷でもある佐賀県ではもっと盛り上がったのではないでしょうか。
そして会期終了間際には、美術手帖2017年4月号で特集として取り上げられます。
■ 『美術手帖』で「超細密画」描く池田学を特集 毛利衛や伊勢谷友介も登場 (CINRA.NETより)
その後の巡回展(金沢21世紀美術館、日本橋高島屋)を強く意識したタイミング。ものすごい熱気を感じました。事あるごとに振り向かせる戦略的な広報。さまざまな仕掛けが何年もかけて用意周到に施されたことが垣間見えます。テレビ番組の再放送の回数からも、この展覧会は会期中も臨機応変に仕掛け続けています。企画監修されたミヅマアートギャラリーのオーナーである三潴末雄さんのことを心の底からスゴイ!と思いました。
振り返ると三潴さんは、『ジパング展』(2011年、東京・大阪・京都)や筆者も拝見した『ジャラパゴス展』(2010~2011年、東京・福岡)、『ジパング展 沸騰する日本の現代アート』(2012~2013年、新潟・群馬・青森・秋田)などのグループ展や、ギャラリー所属作家の出身地の美術館などでも積極的に展覧会を開催しています。それらで培ったノウハウと人脈、そして日本の現代美術に対する熱意に、僭越ながら筆者はただただ頭が下がる思いです。そして筆者は感じるのです。「三潴さんと作家さん、こんな地方に何度も足を運んでくれて、そして作品を観せてくれて本当にありがとう」と。
Chapter 3 ミクロコスモス 展示風景 (撮影可能エリア) |
筆者が『池田学展』に訪れたのは1月末。
展覧会公式サイトによると、この時期すでに来場者1万人を突破していたようです。
≪誕生≫ 2013-2016年 (300×400㎝) 展示風景 (撮影可能エリア) |
筆者が1番心に残ったのは十二支の年賀状のシリーズ。黒ペンだけで、干支ひとつひとつがユニークかつユーモラスに描かれた作家がまだ20代ごろの作品です。誰もがクスッと笑いたくなる感じ。
正直言うと、それまで内心どこかでこの展覧会を冷ややかな気持ちで捉えていました。
広報についても、少々大げさ過ぎやしないか、という印象でした。
でも、その作品を目にした時、「あぁ、この人は本気で誰かを楽しませたいと思っている」と感じたのです。おそらくこの年賀状の宛先は、個人的に親しい人や日頃からお世話になっている人、地元の同級生や恩師でしょう。あくまでも推測ですが、池田さんはその人たちの顔をひとりひとり思い浮かべて、本人も時々にんまりしながらペンを走らせたのではないでしょうか。
≪誕生≫ 部分 (撮影可能エリア) |
実は本当に偶然なのですが、会場でご本人ともお会いしたのです。
取材か何かで、≪興亡史≫(2006年)の前で撮影中でした。
まだ展示の前半しか観ていなかったので、大したことは聞けなかったんですが、先述のテレビ番組で拝見した時とはずいぶん印象が異なりました。素朴な人、純朴な人。そしてちょっと不器用そうな人。撮影がひと区切りするのを待ったのち、学芸員らしき方に「少しなら」と許可をいただいた上でお声掛けしたのですが、ずいぶんと驚かせてしまったようでした。「そんなに動揺しなくても・・・」と思ったくらいです。
その時テレビ番組のレジデンス先での制作公開シーンで、「これが自分が社会とつながる方法」だと話していたことを思い出しました。
社会と、あるいは誰かとつながりたいと思うこと。それは誰の心の中にもある普遍的な願いです。主婦でも、サラリーマンでも、高齢者でも、そして美術作家でも。≪誕生≫にも込められた震災の復興を願う思いや、新しい命への喜び、身近な人の死を悲しむこととそれを乗り越えようとする行為。何も特別なことではないし、自然だし、誰かがそばにいたら共に分かち合えることです。池田さんの場合は、それがたまたま「絵を描くこと」だったということ。そしてその表現方法が、1ミリにも満たない弱い線で膨大な時間をかけて誰にも真似できない作品を生み出すことだったのだと思います。
筆者は決して池田さんのことをバカにしているのではありません。むしろ、自身の心の中にあるものを、大半の人が伝達手段として用いる「言葉」ではなく「絵画」に置き換えることができる池田さんは本当にスゴイと思います。筆者は作品が展示された同じ場所で幸運にもご本人とお会いして、そして作品を拝見して、その筆跡の向こう側にあるものもほんの少しだけ見せていただいたような気がします。
良い時間を過ごしました。
良い時間を過ごしました。
■展覧会の公式ホームページ
http://tokushu.saga-s.co.jp/ikedamanabu/
■展覧会の公式Facebookページ
https://www.facebook.com/IkedaManabuThePenSaga/?fref=ts
■「誰かに見せたくて絵を描く」—画家・池田学 インタビュー
(MAGAZINE FOR ART STUDENT PARTNERより)
https://partner-web.jp/article/?id=1221
■「ギャラリスト三潴末雄が語る常識破りの池田学展」
(九州、山口エリアの展覧会情報&アートカルチャーWEBマガジン アルトネより)
https://artne.jp/column/3
■「池田学展 The Pen ー凝縮の宇宙ー」 artscapeレビュー 2017年03月01日号
(Webマガジン artscapeより)
http://artscape.jp/report/review/10132602_1735.html
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2017年2月の記録
4日 福岡県立美術館 【展覧会】
九州産業大学付属九州高等学校デザイン科
「第51期生 卒業制作展・平成28年度 授業作品展」
郷土の美術をしる・みる・まなぶ2017
「写真家 片山攝三 肖像写真の軌跡」
11日 九州芸文館
ちくごアートファーム計画2016~筑後の自然と創造力 【個展】
アートで地球と遊ぶ 木村崇人展
筑後アート往来2016 感性の生まれいづるところ 【グループ展】
*出品作家や関連イベントのレビュー等は下記のFacebookページから。
「筑後アート往来2016 Chikugo Art Traffic」
https://www.facebook.com/chikugoartourai/
Gallery CHIGGO (MEIJIKAN 2階) 【グループ展】
MEIJIKAN OPENING EXHIBITIOM
HOTEL ART IN
*「羽犬塚プロジェクト」 Facebookページ
https://www.facebook.com/hainuzukameijikan/
18日 福岡アジア美術館 【グループ展 / オープニングイベント】
小企画展 「アート横断Ⅴ 創造のエコロジー」展
参加作家4組によるギャラリートーク
*展覧会の特設サイト
http://faam.city.fukuoka.lg.jp/ecologyofcreation/
25日 福岡アジア美術館 【展覧会】
九州産業大学 芸術学部 卒業制作展
芸術研究科 修了制作展
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*最終更新:2017年5月