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2018/01/10

東京と福岡、ふたつの『サンシャワー:東南アジアの現代美術展』

フェリックス・バコロール ≪荒れそうな空模様≫ 展示風景


福岡の「サンシャワー展」(以下、福岡展)が終わりました。
夏に鑑賞した東京の「サンシャワー展」(以下、東京展)に続き、地元に巡回した福岡展の感想も記録しておこうと思います。




サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで』

 [東京展]
 2017年7月5日(水)~2017年10月23日(月)
 国立新美術館×森美術館(以下、新美×森美)

 http://sunshower2017.jp/


 [福岡展]
 2017年11月3日(金)~2017年12月25日(月)
 福岡アジア美術館(以下、アジ美)

 http://faam.city.fukuoka.lg.jp/exhibition/detail/451


【月刊OMA】2017年7月
『サンシャワー展』(東京)を観て思い出したこと

 https://otomeetsart.blogspot.jp/2017/08/monthly-journal-oma-201707.html
 (東京展のあとに書いた記事です)




お読みいただく前に、断っておきたいことがふたつあります。

ひとつは、東京展と違ってあえて展覧会が終了して書いています。
どうしても、最後まで見届けてから、落ち着いて書きたかったからです。
広報のお手伝いがなれなくて本当にごめんなさい。

もうひとつは、筆者は純粋に福岡展の感想だけを書くことができません。
なぜなら先に述べたように、東京展にも足を運んでいるからです。
どんなに言葉を尽くしても、ふたつの展覧会の比較になってしまうことをどうかお許し下さい。


福岡アジア美術館 入口


振り返ると、筆者にとって2017年の美術鑑賞は「サンシャワー展」に始まり、「サンシャワー展」に終わったと言ってもいいかもしれません。
夏休みの旅行も、東京展を起点に計画を立てました。

アジ美に巡回すると知った時、もう飛び上がるくらい嬉しくって。
なぜなら2017年は「第6回福岡アジア美術トリエンナーレ(以下、FT)」が開催されるはずだった年。
ないと知った時はやっぱりガッカリしたけれど、その分めいいっぱい楽しもうと思いました。

とは言っても、新美はおよそ2,000平米で、森美は1,500平米。
合計3,500平米の規模の展覧会を、1,000平米のアジ美の企画展示室に一体どう持ってくるのか。

実際、出展作家は東京展が86名/組に対し、福岡展は28名/組。
うち東京展の8名/組、24作品がアジ美のコレクションでした。

セクション・作家・作品にフォーカスをあてながら、感じたことを記録しておこうと思います。



トゥアン・アンドリュー・グエン(ベトナム)≪崇拝のアイロニー≫

バン・ニャット・リン(ベトナム)≪誰もいない椅子≫ 部分

コラクリット・アルナーノンチャイ(タイ)展示風景
≪おかしな名前の人たちが集まった部屋の中で歴史で絵を描く3≫


まず、9つのセクションについて。

福岡展ではセクション名、順序ともほぼそのまま活かされ、簡にして要を得た独自の解説文が添えられました。
各セクションで取り上げる作家は1~7作家。
ただ単純に減らしたわけではなく、福岡展では「アーカイブ」に「ザ・アーティスト・ビレッジ(以下、TAV)」を設立したタン・ダウ(シンガポール)の所蔵品が2点加えられます。

実は東京展を観た時、誰か欠けているような気がした筆者。
その時は思い付かなかったけれど、タン・ダウが追加されて何となくホッとしました。
個人的には、2001年に福岡アジア文化賞を受賞したタワン・ダッチャニー(タイ)がいずれも含まれていないことが少し不思議なのですが。

また、東京展では「コレ、本当にこのセクションかなぁ?」と違和感を覚える作品が何点かありました。
福岡展は取扱作家が絞られ、セクションの解説文が簡略化されたことで、逆にあまりそれに縛られずに鑑賞できたような気がします。


「アーカイブ」展示風景
右 タン・ダウ ≪米を作る人々≫、手前 タン・ダウ ≪犀のドリンクで復元された角≫
奥 コウ・グワンハウ ≪ザ・アーティスト・ビレッジ(「シンガポール・アート・アーカイブ・プロジェクト」より)≫


次に作家と作品について。

福岡展は全体的に平面作品が目立ちました。
そう言うと、輸送や床面積などの制約の中で苦心を強いられたようにしか聞こえませんが、ここでは双方の展覧会で不可欠だったアジ美の所蔵品を軸にして書きたいと思います。

例えば、リュウ・クンユウ(マレーシア)とチャルード・ニムサマー(タイ)。

リュウは、フォトモンタージュの≪そびえ立つ街(「私の国への提案」シリーズより)≫(2009年)と、1995年に同じ手法で制作された所蔵品≪賀扁 Ⅰ(お祝いの額Ⅰ)≫が共に展示され、その変遷と作家の都市開発に対する強い批判により触れることができました。

また、ニムサマーは≪「カップル」についての探求の跡≫、≪いなかの彫刻≫に加え、初期の彫刻作品≪思案≫が展示されます。
ニムサマーを勝手に近代彫刻家だと思い込んでいた筆者。
絵画やパフォーマンスなどさまざまな表現に挑戦した作家だったことを知ることができました。

そのほか、ヘリ・ドノ(インドネシア)、ポゥポゥ(ミャンマー)などコレクションのみに変更された作家もいます。
ポゥポゥは、常設展示室でインスタレーション作品1点が同時期に鑑賞できました。
逆に、東京展に出品されたウォン・ホイチョン(マレーシア)、アグス・スワゲ(インドネシア)、マニュエル・オカンポ(フィリピン)、リー・ダラブー(カンボジア)は福岡展では紹介されませんでした。

また、所蔵品以外では、パンクロック・スゥラップ(インドネシア)やマウンデイ(ミャンマー)などの平面作品は点数を減らす形で、フェリックス・バコロール(フィリピン)の風鈴は1,200個から800個になるなど、展示形態が一部変えられた作品もあります。

それからナウィン・ラワンチャイクン(タイ)の作品。
世界的にも代表的な現代美術家ではありますが、新美・森美とも大がかりなインスタレーションだったからか、福岡展でお目にかかることはできなかったのが個人的には残念です。
(彼は連携企画「虹の天気図」にてトーク出演者として参加しました。また、森美で展示された≪希望の家≫は2014年に福岡で展示されたことがあります)

あと、もう1点欲を言えば、パンクロック・スゥラップが影響を受けたインドネシアのアートコレクティブ「タリン・パディ」の木版画の所蔵品が常設で観られたら良かったなと思います。


チャルード・ニムサマー 展示風景
右 ≪思案≫、左 ≪「カップル」についての探求の跡≫


その中でも。
筆者が印象に残ったのはパフォーマンス記録映像を活用した展示です。

東南アジアにおいて重要な位置を占める「パフォーマンス・アート」を、東京展ではほとんど取り上げられなかったことは、本展の図録でも言及されていたので気になっていました(図録26~27ページ)。

福岡展で紹介されたのは、ヘリ・ドノ(インドネシア)、リー・ウェン(シンガポール)、アマンダ・ヘン(シンガポール)の3作家。
いずれのパフォーマンスも1994~2000年に福岡で行われ、記録された映像です。

特に、この3作家を大筋としつつ、セクション「アーカイブ」とその前後が流れていく配置が筆者はすごく良いと思いました。

少し解説します。

まず、2つ目のセクションである「情熱と革命」で、ヘリ・ドノの前にFXハルソノ(インドネシア)の所蔵品≪声なき声≫が現れます。
その後テインリン(ミャンマー)を過ぎると、ヘリ・ドノの平面2点と、立体作品≪バッドマン≫。
≪声なき声≫も、≪バッドマン≫も、アジ美では以前からおなじみの所蔵品です。
この平面のおとなりに、ひとつ目の記録映像が展示されています。
観客は、この映像で福岡で行われたことや、作家自身の姿を知ることができます。

そしてゆるやかに次のセクション「アーカイブ」へ。
ここでは先述した「TAV」に関する資料展示とタン・ダウの作品。
福岡を代表する作家たちが現地の美術関係者の協力のもと開催した展覧会資料なども展示されました。

その後次の部屋へ移動すると、セクション「さまざまなアイデンティティ」に変わります。
ですが、リー・ウェンもアマンダ・ヘンも、タン・ダウと同じシンガポールの作家です。

リー・ウェンの展示では、記録映像≪イエローマンの旅 No.5:自由への指標≫に加え、パフォーマンスで実際に使ったベッドや鳥カゴ、またその時に描かれた平面作品などが同じ空間に置かれていました。

かつてこの福岡の地で作家自身が、パフォーマンスを通して貧困や争いと向き合ったこと。
世界中の小さな叫びに目を止め、その状況に問いを投げかけたこと。
平和を願ったこと。

一見すると、同じ空間で紹介されるアマンダ・ヘンも、この作品で取り扱うテーマも重く受け取られがちですが、なぜでしょう、全然押しつけがましくなかったんですね。

鑑賞の視点が海の向こうの遠い場所から、ごく自然に、今自分が居る福岡に持っていかれて、彼らの置かれた環境やメッセージに思いを巡らせていた気がします


ヘリ・ドノ 展示風景
手前 ≪チェアー(パフォーマンス記録映像)≫
中央 ≪愚にもつかないおしゃべり≫、奥 ≪芸術家は取り憑かれる≫

リー・ウェン 展示風景
右 ≪奇妙な果実≫(提灯)、≪奇妙な果実≫(12点組の6点)
中央 ≪イエローマンの旅 No.5:自由への指標(パフォーマンス記録映像)≫
左 ≪イエローマンの旅 No.5:自由への指標≫


それらと同時に、この展覧会からは企画者の葛藤が伝わってきます。
福岡では1980年代からアジアの近現代美術が積極的に紹介され、観客もそれを観て育ってきました。
そのような鑑賞者がいるということ。
そして、圧倒的な規模で開催された東京展の巡回展であること。
企画者は、この「サンシャワー展」を福岡ですることの意味をずいぶん考えたのではないでしょうか。

開館当初からアジ美を知る関東の知人(東京展も鑑賞)が、この展覧会を観て「等身大」だと言いました。
誇張も虚飾もない、ありのままの姿。
それはある意味、表現者たちの姿とも重なります。
彼らは時に自身の身の危険を顧みず、作品を通して堂々と声を上げ、わたしたちの既存の価値観を揺るがします。
その思いと同じくし、共に闘う美術館がこの世にひとつくらいあってもいいと思うのは筆者だけでしょうか。


同時開催「博多でつなぐ東南アジア」展 承天寺境内
スーザン・ヴィクター ≪千の空≫ 展示風景


そのほかこの展覧会では、美術館とは別会場でスーザン・ヴィクター(シンガポール)が新作を発表したり、各地で連携企画も催され、多くの地元の作家や美術関係者が関わり、FT時に負けるとも劣らない盛り上がりを見せました。

この場で、そのすべてを取り上げられないことをどうかお許し下さい。

出席できた関連イベントなどを振り返っても、国内外を問わず多くの人に愛されている美術館であることを肌で感じることができた展覧会でした。

筆者は、このような熱い思いを持った人が、東南アジアにとどまらず、世界各地にいることを市や市民にも知ってほしいと思います。
もっとこの美術館を誇りに思い、高く評価されても良いのではないかと思います。








* 福岡アジア美術館に関するそのほかの記事 *

【月刊OMA】2016年12月
ジュリアン・エイブラハム・"トガー" ≪盆栽武博物館≫

 https://otomeetsart.blogspot.jp/2017/01/monthly-journal-oma-201612.html


【月刊OMA】2017年3月
『アート横断Ⅴ 創造のエコロジー』福岡アジア美術館 technology/relation

 https://otomeetsart.blogspot.jp/2017/04/monthly-journal-oma-201703.html


【月刊OMA】2017年7月
『サンシャワー展』(東京)を観て思い出したこと

 https://otomeetsart.blogspot.jp/2017/08/monthly-journal-oma-201707.html








※セクション名や作家名などのカタカナ表記は、福岡展に倣いました。

注)掲載している画像や文章の中には、特別に許可をいただいているものもあります。内容の無断転載及び複製等の行為はご遠慮ください。

最終更新:2018年1月

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