ようこそ「OTO MEETS ART」へ。「OTO MEETS ART」は音(おと)ちゃんの美術鑑賞レビューです。
あなたと、あなたのまちのARTに会いに行きます。

2017/01/15

【月刊OMA(オーマ)】2016年12月 ~ジュリアン・エイブラハム・"トガー" ≪盆栽武博物館≫

*月刊OMA(オーマ)は当ブログ名である「OTO MEETS ART」の頭文字から取りました。その月に音(おと)が足を運んだ展覧会や関連するイベントなどをまとめた記事です。


年の瀬が近づいた12月3日土曜日。
ユネスコ無形文化遺産に登録された博多祇園山笠「東流(ひがしながれ)」の地域に1日限定の博物館が出現しました。

名前は≪盆栽武(ぼんさいたけし)博物館≫。
なかなかユニークな名前の博物館です。




制作したのは、ジュリアン・エイブラハム・"トガー" (以下、トガー)。

福岡アジア美術館(以下、アジ美)の2016年度レジデンス事業で招聘(しょうへい)されたインドネシアのアーティストのひとりです。彼は同年9月7日から12月5日の約3か月間を福岡で過ごしました。滞在中は福岡の文化や歴史、古くから受け継がれる伝統工芸などが今も残る場所へ赴き、彼独自の目線でリサーチを行ないました。また、それらを通じて福岡在住のアーティストや職人など、さまざまな人々とも関わることができたようです。


彼はその滞在成果作品として「盆栽武」という架空の人物を生み出し、その人物の足跡をたどる博物館を作りました。これまでレジデンス成果展の大半は美術館内で開催されていましたが、トガー本人の強い希望で古民家での展示が1日だけ実現しました。


では、福岡でのリサーチによって生まれた「盆栽武」とはいったいどんな人物なのでしょうか?
また、トガーはなぜ博物館を作ったのでしょう?
そして「盆栽武」というお茶目なネーミングの由来は??

さっそく中へ入って行きたいと思います。


まず初めは古い時代劇のような白黒映像。
「盆栽武」がこの世に生れ落ちる前、その両親が出会うところから物語は始まります。

川辺で何気ない話を交わしているうちに、お互いに惹かれ合いたちまち恋に落ちてしまったふたり。女性が新しい命を宿すのは時間の問題でした。そして妊娠してなんと3か月(!?)で「盆栽武」を出産。しかしすでに男性は別の女性と結婚していたのでしょうか。男性は母親の目を盗んで「盆栽武」を布に包み、川に流してしまいます。

映像の言語は英語で日本語の字幕付き。配役は男性役も女性役もトガー本人でした。三味線を色っぽく奏でる芸者の女性らしい身のこなしやセリフに合わせた口の動きと言い、同姓の日本人が見ても違和感なさ過ぎです(笑)!トガーくん、お見事!!


すっかり映像に引き込まれた後は次のお部屋へ。

先の映像によると複雑な出生を持つ「盆栽武」。きっと幼少時代は辛い思いもたくさん味わったのではないでしょうか。しかし彼は幸運にも、そのような時期を乗り越えて実にたくましくその後の人生を歩んだようです。先ほどよりも大きな8畳のお座敷では「盆栽武」の足跡を残すさまざまな品が展示されていました。

杉玉(上), 法被(下)

木版画(4点のうち1点)

木版画 (4点のうち1点)

伝統的な産業のひとコマかと思ったら、よぉく見ると「盆栽武」らしき人物が描かれています。
(探してみてね)

博多織, 博多織・紋紙(手前), 博多包丁(奥)

お祭りなどでよく見る法被、造り酒屋が新酒ができたことを知らせる杉玉。そのほか博多に古くから伝わる織物や包丁などなど。

 *「博多織」については、こちら
 *「博多包丁」については、こちら

「盆栽武」は物心ついてまもなく、良識のある商家の主人のもとで奉公する機会にでも恵まれたのでしょうか。それとも大人になるにつれ、その能力と感性が目を覚ましたのでしょうか。展示資料から推察できる職業だけでも実に多彩で、広範な領域に及んでいます。きっとそれらの経験を通して幅広い人脈と、多くの人の人望を集めたのではないでしょうか。いまいち日常に満足できない多忙な現代人に勇気や励ましさえ与えてくれるようです。


8畳のお座敷の前には風情のある中庭も。
この日はちょうど鮮やかな椿の花がほぼ満開でとってもキレイでした。


博多塀

そして椿の木の下には、その一部を切り取られた「博多塀」。もともと博多塀は、戦国時代に戦禍に見舞われた町の復興を機に生まれた土塀。塀の意匠に用いられている石や瓦は、戦(いくさ)によって倒壊した家屋の一部なんだそうです。

ちなみに、この土塀の中央にある「人」という文字の周りにあしらわれた8つの丸印。法被や入口のバナーにも記されていました。これが「盆栽武」のシンボルマークなんだそうです。



「盆栽武」にまつわる絵本も展示されていました。
博多塀が戦国時代あたりの資料ですから、彼については近代以降あるいは現代にも語り継がれているという設定でしょうか。題材は「盆栽武」が四国を旅行した時の物語。そしてこの絵本の表紙にも、ちゃーんとあのシンボルマークが。この博物館の展示資料だけでも多種多様ですが、もしかすると、私たちがもっと注意深く博多の町を歩いたら、思わぬ場所で彼の痕跡を見つけられるかもしれません。


さらに進むと、最後は≪盆栽武博物館≫の紹介ビデオ。
ここで再び博物館の生みの親であるトガーが登場します。どうやらこの動画のトガーは先の時代劇風とは異なり、この博物館の案内役、ナビゲーターとして出演しているようです。そしてトガーが、ひと通り観覧した私たちに話しかけてきます。

ねえ、どうだった?
あなたはどんなことを感じたかな?
もしかしたらすぐ君のそばに盆栽武がいたかもしれないよ


19:00からのパフォーマンス風景
トガー(中央左), 岩本史緒さん(中央右)

展示会場ではパフォーマンスも開催されました(15:15~・19:00~の2回で内容は同じ)。
パフォーマンスは初めて日本を訪れた彼が、自身の名前の由来と生い立ちの紹介から始まりました。ちなみに「トガー」は、友人に付けられた名前なんだとか。そして彼は、リサーチのために福岡のまちを歩き、地元の人に話を聞く中で、生まれ故郷であるメダン(Kota Medan、北スマトラ州)にも思いを馳せたようです。そのような思い巡らしの中で、≪盆栽武博物館≫に込めた願いが彼の言葉で語られました。

トガーはそれを英語で。そして岩本さん(福岡アジア美術館 学芸課 国際交流担当)は、彼と同じタイミングで日本語の原稿を読むという同時通訳形式。限られた日数の中でも合間をぬって練習したんだと思います。2人とも、めっちゃ息ぴったり!!

最後は展示資料ののぼりにも記されていた松尾芭蕉の俳句が詠まれました。

 ばせを植ゑて まづ憎む萩の 二葉哉
 旅人と 我名よばれん 初しぐれ

関連イベント「博多のまちと人をめぐるツアー」でも活躍したのぼり

筆者はトガー本人と「盆栽武」、そして≪盆栽武博物館≫に強く好感を持ちました。

まず1つはアーティストであるトガーの視点。
彼は数か月に渡るリサーチと制作過程において一定の視点を保っています。それは肯定的でニュートラル。複数の要素を盛り込むと陥りがちなまとまりのなさや偏りはあまり感じませんでした。なのでとても鑑賞しやすく、彼の意図した順路も自然に進むことができました。

当初のプランでは、彼は「モニュメント(記念碑)を作る」という目的で『保存されるべきもの』を探したそうです。(「モニュメント」というと、大抵の人は歴史的人物や出来事を象徴する銅像などをイメージしますが、彼の言う「モニュメント」は、活動やイベントなど、実際には手に取れない形のないものも作品に含める場合もあります)。

ただリサーチを進める中で、ここにはそのようなものは無いことに気付きます。彼がこれまで保存について学んだこととは全く異なるものだったそうです。また、彼の目から見た日本の文化は、非常によく保存されている、と。その過程で彼は、自身の体験そのものを『保存』したいと願うようになりました。その願いから生まれたのが「盆栽武」とその物語です。

そして彼自身の言葉によると、『博物館は、人々に記録されるべきもの、場所、そして人あるいは出来事について考える場として最適 (原文:A museum is the utmost tribute one can imagine to the existence of one thing, place, person or event and to the importance of its being acknowledged and remembered by people.)』だと。

訪れた人の靴でいっぱいになった玄関

2つ目は実にさまざまな人物と関わっていることです。
それは会場に設置されていた参加作家と協力者リストを見ても明らかでした。展示資料の制作に携わったアーティストや職人。映像制作に協力した衣装担当やカメラマン。法被やのぼり、博物館入口にあったバナーのデザイナー。リサーチに同行し、適切な場所や人と彼を引き合わせ、多方面で支え続けた美術館の職員たち。それらの共同作業のプロセスそのものが、形にならないものも記念したいと願った彼にとって、そして「盆栽武」の物語を作り上げる上で重要な要素でもありました。

オープニングイベントでは彼と一緒に創作したアーティストやアジ美のボランティアスタッフなど、たくさんの人が集まりました。筆者には、多くの人と思いをひとつにし、その思いを結実させた≪盆栽武博物館≫の完成を訪れた人々が心から祝福しているように見えました。きっとトガー自身にとっても、かけがえのない思い出になったのではないでしょうか。


翌日以降は場所をアジ美に移し、美術館の冬休みに入る直前まで展示されました。
搬出と搬入、設営に関わったみなさま、本当におつかれさまでした。


場所はエレベーターを上がってすぐの7階エントランス。
こちらの展示風景も少しだけ。






(画像はクリックすると拡大します)


企画展示室では「篠山紀信展 写真力」が開催中。
紀信展を観に来たお客さまも、≪盆栽武博物館≫で思わず足が止まっていました。

そうそう、それから「盆栽武」の名前の由来。トガー滞在中は同会場にて「アートたけし展」(2016年9月3日~10月10日)が開かれていました。もうお分かりでしょう。彼の名前はこの展覧会からとられたのです。そんなユーモアを作品に込める点も、彼の魅力のひとつですね。



ん、でも、あれ?
そういえば、盆栽は??





ジュリアン・エイブラハム・"トガー"のウェブサイト
  Julian Abraham "Togar"
  http://julianabraham.net/

≪盆栽武博物館≫についての解説もすでにアップされています(英語)。今回、引用したトガーの言葉はこのウェブサイトと、アジ美が日本語に翻訳したものを使わせていただきました。



*『アート横断Ⅴ 創造のエコロジー』に出品中
  福岡アジア美術館にて
  2017年3月21日(火)まで
  http://faam.city.fukuoka.lg.jp/ecologyofcreation/





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2016年12月の記録

3日 福岡アジア美術館 【グループ展 / アーティストトーク】
   「第15回 アーティスト・イン・レジデンスの成果展
   オープニングイベント

   Hair Design Gram 【個展】
   木村 迦葉 『「あうん」の歓びを運ぶ風』展


10日 BOOKS KUBRICK (ブックスキューブリック) 箱崎店 【個展】
   『阿蘇くじゅう 朝の光へドライブ』 刊行記念
   川上 信也 写真展

   Wald Art Studio 【展覧会】
   「yoin callback / 余韻コールバック
    (参加作家は展覧会名のリンク先に掲載されています)


17日 Rethink Books 【トークイベント】
   「釜山ビエンナーレ2016」報告 ― アジアの中の日本・前衛・美術
    (登壇者はイベント名のリンク先に掲載されています)

   ギャラリーおいし (2016年12月 閉廊)
    河原美比古の彫刻 「たおやかな風景」 展 【個展】
    川村知子展 ~これまでの落書き~ 【個展】
    Atelier Tashiro Exhibition 2016’ -田代国浩となかまたち 2016’・小品展- 【グループ展】
    綴る―つづる― 【グループ展】


23日 福岡アジア美術館 7階ロビー
   「第15回 アーティスト・イン・レジデンスの成果展
   ジュリアン・エイブラハム・"トガー" ≪盆栽武博物館≫
   ロー・イーチュン ≪トロピカル・コレクション≫

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*最終更新:2017年3月